燃え移る、青い情熱
曽我真(26 年 9 月ライティングゼミ with AI)
汗をかいた身体に塩気がうれしい
幼少の頃から、たき火が好きだった。
私は岐阜県の山奥出身なので、遊び場はいつも自然の中だった。
小学校に上がり、夏休みにでもなれば、毎日近所の川で魚を銛で突いて、その場で食べる。
河原には、流れ着いた小枝があちこちに落ちている。その中から、乾いたものをかき集める。
枯れた杉の小枝はとりわけ燃えやすい。マッチの火を近づけると、油分も手伝ってすぐに燃え始める。
頃合いを見ながら、細い枝から太い枝へと順にくべていく。
炎は勢いを増し、やがて丸太にも火が移る。太い薪は次第に炭になり熾火となって、たき火の熱を支える。
獲れたてのマスやウグイを、生木でこしらえた串に刺し、遠火で焼く。
実家から持って来た味噌をなすりつけ、塩をひとつまみ振る。尾っぽの部分には、少し多めに。
さんざん河原を遊び回り、腹を空かせた少年にとって、焼きたての川魚にかぶりつく瞬間は格別だった。汗をかいた体に塩気がうれしい、最高のごちそうだった。
ご多分に漏れずスマホゲームに夢中
大人になり茨城県に仕事を得て、結婚して子育てをするようになった。夏休みの帰省は家族の楽しみの一つになっている。普段、街中でたき火はできない。火焚きへの規制は年々厳しくなるものの、岐阜の山奥の河原であれば、まだ好き勝手に遊べる。
中学一年生になる息子はご多分に漏れずスマホゲームに夢中で、なかなか一緒に過ごす時間を作れないが、帰省時は河原に出かけ、小枝を集め、たき火を一緒に眺めてくれる。
なぜ付き合ってくれるのかは分からない。
私が子どもだった頃、その火の揺らめきに魅せられた。
炎は一つとして同じ形をとどめず、ときどきの風に揺れ、火花を夕空へ舞い上げていく……。
石塚真一/NUMBER8による『Blue Giant』
私には、このたき火を思わせる漫画がある。 「ビッグコミックス」にて連載中の、石塚真一/NUMBER8による『Blue Giant』だ。このシリーズは2013年から始まり、2026年に連載開始から13年目を迎えた。
テーマはジャズ。主人公のサックス奏者・宮本大は地方宮城県の出身で、高校卒業と同時に上京する。
東京で組んだバンドのピアニストが交通事故に遭い、バンドは解散。彼は一人、ヨーロッパへ渡る。
新たな仲間と大きなジャズフェスティバルで大成功を収めるものの、そのバンドも解散し、やがて渡米する。
広大なアメリカ大陸を西から南、そして東へと旅し、ボストンにも立ち寄る。
その道中でピアニスト、ドラマー、ベーシストを仲間に迎え、ついにジャズの本場、ニューヨークに乗り込む。
この漫画の単行本には、巻末にインタビュー形式のエピソードが挟まれる。後に偉大なジャズ奏者となった大について、ゆかりのある人々が思い出を語るのだ。つまり大が成功することは、物語の初めから読者に示されている。ここで、不思議に思う人がいるかも知れない。「歴史ものならともかく、フィクションの途中で、主人公の成功が分かってしまっている。結末を先に明かしてしまって、何が面白いのか」と。
「ブルージャイアント」は2023年に映画化された。東京の一流ジャズクラブで演奏するまでの大の成長物語が描かれ、商業的にも成功を収めた。一方、渡欧後の漫画では、大自身の成長に加え、彼に影響を受ける人々の変化が、いっそう丁寧に描かれていく。
一瞬たりとて、同じ炎は上がらない
現在のバンドでピアノを弾くのは、アントニオ・ソト。メキシコの出身で、幼い頃からジャズに親しみ、大がアメリカ大陸を旅する中で、初めて一緒に組みたいと思ったピアニストだ。様々な奏法を模倣し、自分のものにしてきた。持ち味は、軽やかで明るい演奏にある。ただ負けん気の強さが災いして、大が成長するほどに、その存在を意識しすぎて苦しむことになる。
ドラマーは、アメリカ南部出身のゾッド。その巨体から繰り出させるリズムには、一切のぶれを感じさせない安定感がある。かつてニューヨークの一流ミュージシャンたちと演奏していたこともあり、ジャズ界の事情に詳しい。母親の体調を気遣っていったん南部に戻っていたときに、大と出会った。周囲の状況がよく見えるからこそ、自ら支える側に回り、演奏を安定させようとしがちだ。作中には道具を変えることで何かを掴もうと、シンバルを鍛造する現場に立ち会う場面がある。ひときわ大きな音を響かせるシンバルを手に、彼自身も解き放たれてほしい。仲間を見守るだけでなく、思い切りソロをぶったたく姿が待ち遠しい。
ベーシストのジョーは、大の熱気に動じない天才型だ。昼間から浴びるように酒を飲み、たばこを吸う。「いつ死んだっていい。残したいものなんかない」そう言い切る彼に、「じゃあ、どうして大とバンドを組んでいるんだ」という問いが投げかけられる。「俺は才能がありすぎて飽きちゃってた。そこに大が現れた。ジャズで世界一になるとか言ってるが、馬鹿の極みだね。見てて飽きない」そう答えると、泥酔したまま眠り込んでしまう始末だ。
2026年6月発売の『Blue Giant Momentum』第8巻では、ジャズコンペでの優勝とアルバム制作を経て、大たちの名が知られるようになり、ツアーの予定も次々と埋まり始めている。アメリカの若者たちが大のバンド、「Dai Miyamoto Momentum」に興味を持ち、実際にジャズクラブへと足を運ぶ姿も描写される。
アントニオは「若い客の増えることがどういう意味を持つか分からねえが、大は喜んでいる」と語る。大の音楽は、若者たちがジャズに抱く古いイメージを変え始めているのだが、アントニオはその変化の勢い、モメンタムにまだピンときていないようだ。
集められた薪に「宮本大のジャズへの情熱」という火種が投じられたのだ。
火は揺らめき、周りの乾いた流木へと燃え移る。
遊び心を忘れないアントニオのピアノが、炎を大きく躍らせる。
ぶっとい丸太にも火が回る。ゾッドのドラミングがどっしりと炎を支えながら、力強く火花を散らす。
河原の上流からは、火勢を強めるように風が吹いてくる。
ジョーのベースだ。ときに激しく、ときに優しく、炎を自在に揺らしていく。
周囲の薪へと燃え移った火は、今度はたき火の中心へ熱を返す。大もまた、仲間たちの熱を受けてさらに火力を上げていく。炎の色が赤より高温の青へと変化する。モメンタムを得た炎が、再度周りへと熱を放っていく。
この漫画は、大の成功をただ称える物語ではない。情熱の火種を受け取った周囲の流木たち、その一本一本が燃え上がるさまを、目の前のライブのように眺める物語なのだ。
一瞬たりとて、同じ炎は上がらない。
そこに、私はジャズの本質を見る。互いの音を受け取り、思いもよらない音階を生み出していく。その自由な遊びが、私たちの心を惹きつける。
帰省のたびに息子が一緒にたき火を眺めてくれるのも、同じ理由なのかもしれない。